田舎暮らし、ときどき北欧。

夢をカタチにするまでの軌跡。

やめます

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カナダにいたとき

はまっていたのはビリヤード

そこに好きなひとがいたからね。

 

でもそのひととは約束して一緒に来ていたわけでもなく、時々重なる偶然をたのしみに通ってた。

 

 

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くる

こない

くる

こない

 


昔から何を隠そう恋愛体質で

一人のひとをとてもとても好きだと気付いてしまうと

360度ある視界の300度くらいは

そのひとで埋め尽くされることを

もうとっくの昔から知っている。


だから初めは

好きかも知れないという段階で

好きだと
会いたいと

そう言葉にするのを怖れる。

言葉が魔法なのは百も承知で

言葉に出してしまうと

認めてしまうから。

 

そして視界が狭まることを怖れる。

 

 


普段はなにがあろうとも
誰と一緒にいようと一人でいようと
場所が何処であろうと
自分がどうしたら幸せでいられるかを知っている。

けれど

好きな人が現れると
もうその人がいるかいないかが最重要項目。

くるのか
こないのか
はっきりしないそんな日は
もう
どうやってその場を楽しめばいいのか
こころは彷徨うばかり。

 

単純なわたしはそのひとの言動に
一喜一憂することになる。

それは楽しいと同時に不安でもあり
満たされると同時に空っぽにもなる。

周りが鮮やかに色彩を帯びていくとともに
モノクロにもなる。

いつでもエネルギーに包まれた感じにもなり
コントロール不能にもなる。

 


もともと朝型人間のわたしは
日が変わるか変わらないかの時間に
ベッドにもぐりこみ
日の光が差し込む
朝の6時台には目を覚ます。

好きになった相手が
夜しか会えないとなると
それは大問題で
わたしの生活リズムを崩してまでも会おうとする。

 

それ

 

やめます。

 


何が一番かって

自分がきれいでいること
すこやかでいることだ

 

知ってたけど。

 

自分のリズムを崩してまで会って
その自分が自分のいちばんでないなら

それはわたしではないよね。

肌もきれいなままでいたいし
こころももちろんきれいでいたいし
満足する自分で
相手に会わなきゃ意味がない。

背伸びして会っても何一つ意味がない。

 

恋をするとさ
きれいになるとかいうけど

きれいになれない恋はしたくないもんね。

 


という結論に今頃至りました。

 


これ

あってる?

 

 

 

2009/07/12 02:56

 

 

21.10.17 写真追加・加筆修正

 

今も変わらず「綺麗になれない恋愛はしない」は揺らがない。だいじなこと。

 

ちなみに冒頭の写真に好きな人うつってるんだけど、このときは好きじゃなかったから会ってたことも覚えてなかった。そんなもんよね。

右側の白シャツで背の高い人。